9月21日(日)
今日は一日モズの高鳴きが長浜に響いた。
いよいよ秋到来。
「モズの高鳴き75日」ということばがあるそう。
モズの高鳴きが聞こえて、75日目に霜が降りるとか。
夏の虫の姿もだんだんと消えていき、昨日は道ばたにとってもきれいな緑色の虫の死骸を発見。
螺山にもいるのかな。
タマムシですぐに思いつくのは、法隆寺にある有名な国宝“玉虫厨子”。
それを再現し、法隆寺に奉納したものが存在するのだと。(茶の湯の森 )
「捨身飼虎」や「施身聞偈」の図が描かれた何とも美しい御厨子。
ただ、この御厨子のために1万匹以上の玉虫の羽が使われていると聞くと・・・。
そう思いながらいろいろ調べてみると、新選仏教文学集1に『たまむしずしの物語』(平塚武二著)を見つける。
絵本でもあるそうだが、とりあえずグーグルブックスで全文を読む。
タマムシの命が・・・と思っていたが、仏師若麻呂がタマムシを集める中で、
若麻呂は、玉虫をさがしまわっているうちに、また新しいことに気がつきました。いままでは、虫けらとしか考えていなかった虫が、虫けらというだけではすまされぬふしぎなものだということに気がつきました。虫などというものは、かってなところにちらばって、でたらめなことをしているのだと思っていたのが、そうではなく、命を持ち、それぞれに居場所をきめ、食べものにもきまりがあり、おどろくほどのやりかたで暮らしているのだということに気がつきました。
玉虫をあつめていれば、ほかの虫も見ないではいられません。森にも、林にも、いや、道ばたの草のかげにも、塵芥の中にでも虫はいるのでございますから、いやでも見ないではいられません。
フィクションではあるけれど、こんな話を読むと、何と自分は偏った見方をしているなと。
秋の訪れがまた一つ大切なことを。
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさいあき ちいさいあき
ちいさいあき みつけた
めかくしおにさん てのなるほうへ
すましたおみみに かすかにしみた
よんでる くちぶえ もずのこえ
ちいさいあき ちいさいあき
ちいさいあき みつけた
ちいさいけれど、おおきな秋みつけた。