1月2日(月)
暖かく穏やかな正月2日。
昨日は相変わらずバタバタとした元旦だったけど、ようやく落ち着き、やっと届いた年賀状を見ることが出来た。
そして、昨年末に切れてしまったお念珠の修理も。
バラバラになった念珠の珠を一つ一つ紐に通していきながら、何事もつながっているなぁと。
真宗教団連合の法語カレンダー、今年1月の言葉より。
信楽峻麿氏の言葉として、
この世のことは
何事も何事も
念仏の助縁
この言葉の背景にあるのは、恐らく石泉僧叡和上の弘願助正義。
そして、法然聖人の「衣食住の三は念仏の助業なり」。
又いはく、現世をすぐべき樣は、念佛の申されん樣にすぐべし。念佛のさまたげになりぬべくは、なになりともよろづをいとひすてゝこれをとゞむべし。いはく、ひじりて申されずは、めをまうけて申すべし。妻をまうけて申されずは、ひじりにて申すべし。住所にて申されずは、流行して申すべし。流行して申されずは、家にゐて申すべし。自力の衣食にて申されずは、他人にたすけられて申すべし。他人にたすけられて申されずは、自力の衣食にて申すべし。一人して申されずは、同朋とともに申すべし。共行して申されずは、一人籠居して申すべし。衣食住の三は念佛の助業也。これすなはち自身安穩にして、念佛往生をとげんがためには、何事もみな念佛の助業也。(和語灯録)
「この世のことは何事も何事も念仏の助業」ではなく、「この世のことは何事も何事も念仏の助縁」。
すべてがお念仏を中心に。
これまで点と点の集まりだった世界が、何事も。
長浜のことを年末にいろいろと調べていて、ふと見つけた本を注文していたのが昨日届いた。
長浜にご縁のある時代考証家の山田順子さんが『瀬戸内海の島探訪「せとうち津々浦々」』を昨年春に徳間書店より出版。
その最後の締めくくりに出てくるのが、広小坪と広長浜。
それ以外にも昔「海賊・水軍」と呼ばれた人たちのこともたくさん紹介され、278頁フルカラーでありながらも2000円+税というお値打ち価格。
このあたりは、海賊・水軍とも縁が深い。
専徳寺が浄土真宗本願寺派へ改宗したのも、小須磨の磯神社に白井水軍が石山合戦での戦勝祈願として手水鉢を奉納したのと同時期。
石泉僧叡和上を長浜へ引き留め、生活を支援した多賀谷氏も水軍の流れ。
『妙好人伝』の九右衛門の息子、想四郎想吉も船士であったことなどを考えると。
長浜の、また専徳寺の歴史を紐解くと、すべてどこかでつながっているような。
どこか=お念仏
切れてバラバラになったお念珠が、一つのお念珠に。
そして、これまでのすべてがお念仏に。
南无阿弥陀佛