ともに育つ

4月4日(金)

朝は少し冷えたけれど、日当たりが良く、本堂の屋根の上ではイソヒヨドリが恋の歌を。
シジュウカラが巣材をくわえてきたから、巣作り中?

本堂では五〇回忌の御法事をお勤め。

過去帳に「一日」と年齢が記載されているお方の。

 

昨日の朝日新聞朝刊、「折々のことば」より。

「死児の齢を数う」

こんなことわざがあったことも初めて知ったが、

人は死して無に帰すのではなく、死「者」として、つまり遺された者の語らいの相手として、生まれなおす。そしてその関係の内で、遺された者とともに育つ。

法話でこのことばを紹介し、今日五〇回忌を迎えるまで、ともに年を重ねてこられたのだなぁと。

終わった後、

毎日お仏壇に手を合わせているのですが、年回の案内をいただくまで、今年が五〇回忌だと気づきませんでした。

と、喜ばれて。

夢の世に あだにはかなき 身をしれと 教えて還る 子は知識なり

お子さまのお導き。和泉式部の一句を思い出しながら。

ようこそのお参りでした。

 

午後から先日取り寄せた器具を試しに。

間もなくストーブもいらなくなる。

ストーブは、いつも仏教壮年会の境内清掃など、人の集まる時に片付けをお願いしているけれど、これが結構大変。

家具を移動させるキャスターをたまたまネットで見つけ、使えそう?と購入。

 

試してみると、テコの原理で持ち上げて、キャスターを装着。

わりと楽に移動。

 

ストーブがいけるなら、もっと大きいものでも?と、試しに。

この4つのキャスターを、

演台の下に。

これまで結構重たい演台を移動させるのに一苦労していたけれど、これがあれば。

年に数えるほどしか使うことはないのだけれど、備えあれば憂いなし。 

だんだんと無理の出来ない体になっているので、無理しなくても出来ることを。

 

「ともに育つ」

〈老いとともに育つ〉中でいろいろと。