11月6日(日)
今日は午前中、広南中学校の参観日に。
1年生の1時間目は道徳の授業。
広南学園の校歌を作曲された「三田守夫さんの思い」を。
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2時間目以降は、法務へ。
そして、午後からは報恩講の“つとめあい”の2ヶ寺目。
浄円寺報恩講に出勤。
住蓮寺住職御導師のもと、正信偈のおつとめを。
風が強かったけど、秋晴れのもと、御満座。
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帰宅すると、先日の祭の後、いろいろと調べていたら、九右衛門父子の載った本があることを知り、Amazonの古本で購入。
『み仏に抱かれて』 (堀 雅敬 著)
第7話収録されてる中、第2話目に登場。 『妙好人伝』をもとに脚色され、読みやすく。
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その祭のときに、入江神社でふと目に止まったのが、狛犬の台座に刻まれた文字。

「対馬行縄舟中」 対馬とは、長崎県にある対馬。 何か聞いたことがあるかな?という感じで、対馬のことを調べてみると、何と何と長浜と対馬は大変深い関係に。
『長崎県対馬における外来者の定着と受容のメカニズム』(平松闊 氏/九州工業大学)によると、
「大正九年、氏神様(鎮守の神)を奉迎する旨、村協議の上、当区民の大多数を占める広島県賀茂郡広村村社神、入江神宮神社を奉迎することにきまり、当区民代表として、二宮好助氏を同区(長浜)に遣し、大正九年旧二月吉日に入江神社を奉迎する。」
と、大正9年に入江神社より分祀した神社が、現在も対馬に入江神社として存在しているらしい。
《参考》対馬 島ブログ
対馬には、広島からたくさんの方が移住されているそうで、向洋や因島からだけでなく、長浜出身者も多かったことがうかがえる。
移住者が多かった背景には、「安芸門徒は間引きをしなかった」というのが大きい。
《参考》青原さとし氏『土徳の世界』
狛犬にある「文政11年(1828)」というのは、シーボルトが伊能忠敬の地図を国外へ持ち出そうとして、スパイ嫌疑をかけられたシーボルト事件の起こった年で、石泉僧叡和上が亡くなったのがその2年前の文政9年に当たる。
その頃から対馬とはご縁があったのかな。
と、同時にふと思ったのが、広が生産量日本一を誇るイカの姿フライ。
対馬ではスルメイカが捕れるらしい。
広で何故スルメイカ?と思っていたのが、ここでひょっとしたら繋がるのかなぁ。。。と。