12月2日(月)
今日は青空がひろがり、少し気温も緩んだよう。
広南小学校の読み聞かせ、今日は6年生を担当。
6年生には、少し大人向けの絵本をと思い、『百年の家』。
1656年に建てられた家も、無住になり、朽ち果てていたのを、1900年にクリとキノコを探しに来た子どもたちに見つけられ、再び家としての歴史を綴ることに。
その家が見た1900年から100年間を描いた作品。
日々の生活と共に、結婚があり、葬式があり、旅立ちがあり、戦争・・・、そして誰もいなくなり、壊されて新しい家へと生まれ変わる。
静かな静かな絵本。
ちょっと難しかったかな?と思いながら、
「何か感想ありますか?」と問うと、「・・・」
「感想がなければ、これで読み聞かせ終わります」というと、「日直さんが感想をいうことになっています!」と。
日直さんがちょっと考えて、「最後、新しい家に建て変わって、人が住んでいて良かったなと思います。」
「長浜にも百年の家のように古い家がありますが、どう思いますか?」
「え?あのオバケ屋敷のことかな!?」
いままでの暮らし方を継がない。それが新しい世代だ。
だが、若さだけでは、この家の古い石は、とりかえられない。
この家がわたしだ。けれども、わたしはもうだれの家でもない。
運命をたどってきたわたしの旅の終わりも、もうすぐだ。
この家の語ることばが、何とも今を物語ってるような気がした。
専徳寺のイチョウは、何百年もこの寺を、この長浜を何度も葉っぱを散らしながら見てきたことだろう。
この時期、ご近所へはいろいろ御迷惑をおかけしているが、とりかえられない命を今年も黄色く色づいて見せてくれる。
何世代も前の人の目にも映っていた色で。
何となく、そんなことを思いながら帰宅して、今日もお参りに。