呉東組法中会

9月30日(日)

今夜は専徳寺にて呉東組法中会。

台風が予想以上に早く進んだため、昼頃には雨もやんだ。

 

組長会での報告、10月の組内行事等が確認される。

10月は組内行事が目白押し。

10日が聞名講。
12日が呉東組仏教壮年会連盟の研修会。
13日が親鸞聖人讃仰会の仏教講演会。
14日から16日が専徳寺の報恩講。
18日が若婦人連続研修会。
21日がご縁の会。

ご縁の会も、そろそろ準備に。

いろいろと忙しいことではあるが、忙しくなくなったら何もまわらなくなってしまう。
いずれもいずれもご縁。

 

今夜は中秋の名月。

雲の間から少し顔を出す。

明日は久しぶりの読み聞かせ。
そして、白岳地区の報恩講。

お天気が回復したことが何より。

2012年9月30日 | カテゴリー : 呉東組 | 投稿者 : sentoku

安芸教区 大遠忌法要

9月29日(土)

台風17号による天気の心配のあるなか、広島別院でご門主さまご臨席のもと、親鸞聖人750回大遠忌法要・安芸門徒会館落成慶讃法要が営まれた。

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昨日・今日の2日間法要は営まれたが、安芸教区全組を2班に分けての日程で、呉東組は本日。

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境内に仮設の座席が設けられてはいるものの、人数に限りがあるため、各寺から4名が参拝。
専徳寺からは総代さんに参拝していただいた。

組から選ばれた法要の結衆と列衆が出て、おつとめする。

結衆(けっしゅう)とは、御本尊の左右にある回り畳(まわりじょう)という畳に座っておつとめをする方々で、本願寺の巡讃という資格を持っている方が当たる。

呉東組からは、称名寺さん。

そして、さらにその畳の両脇の余間(よま)と呼ばれるところでおつとめするのが列衆(れっしゅう)

このたびは、安登の浄念寺さんと私がおつとめさせていただいた。

 

列衆は最初から最後まで座りっぱなし。

なかなかそれは大変ではあるが、お内陣に響く大きな読経の声は迫力がある。

 

ご門主さまのご親教では、このたびの東日本大震災、原発の問題に触れられた。

この内容は、宗教倫理学会研究会においてご門主さまが発表されたことに少し重なるのでご紹介。

『仏教タイムス』(2012年7月26日号)

大谷光真(本願寺派門主)が研究発表 宗教倫理学会研究会

核廃棄物は倫理的宗教的に問題

 東日本大震災の復興支援と原子力エネルギーへの宗教者の対応を考える宗教倫理学会(高田信良会長)の研究会が20日、京都市下京区のキャンパスプラザ京都で開かれ、浄土真宗本願寺派の大谷光真門主が発表。寺院が復興支援をするにも門信徒らとのつながりを強くする日頃の活動が大事とし、使用済み核燃料の処理方法がない原子力発電について子孫に廃棄物だけ残すのは「倫理的宗教的に問題」と述べた。
 「社会の危機に際して、できること―教団、信者、市民」と題して大谷門主は「本願寺住職、本願寺派門主ではありますが、その公的発言ではない、そこには出てこない日頃つぶやいていることをお話し致します」と私的発言と前置きして発表。
 寒川旭者『地震の日本史』を挙げ、「まあ、日本は本当に地震が多い国だ」と驚きを表明した上で、東日本大震災が「未曾有の災害」と言われたことに反論。「日本列島が今日成り立つためには人類の時間で計れるような期間ではない、長期にわたって地殻変動が起こってできた島ですから未だかつてあらずなんてあり得ない。ただ私が知らなかった、最近の私たちが知らなかったに過ぎない」とした。
 そして日本列島に生きるには「開き直り、諦めをもって生きなければならない」としつつも「あてにならないこの世を生きる生き方も同時に仏教から学びそれによって生きていかねばならない」とし、「避けることはできないが減らすことはできる」と防災意識を高める必要性も述べた。
 大震災にもかかわらず昨年4月9日から親鸞聖人750回大遠忌法要を予定通り執行したことについても触れ、「大遠忌はご命日の法要。いわゆるお祝い事ではない。むしろ悲しい辛い出来事を受け止める、遠慮する法要ではない。やろうとする側に立って話をした」と明かした。
 同派の震災復興については宗勢調査を基に「門信徒で定年退職して余力のあるような方々にお願いするのが一番可能性が高い」とし、「そのためには日頃からお寺とのつながりがあって、皆で何かしようと意見がまとまるようでないとできない。お寺の平生の活動が関係している」と日頃の活動の重要性を挙げた。
 原子力発電にも言及し、自身は20年以上前から「原発は人間の処理能力を超えたものとの認識をもっていた」と言明。
 「一番の問題はトイレのないマンション」と使用済み核燃料の処理方法がない点を指摘。「そんなものをどうして許したのか。原発以外で廃棄物を処理する方法がないから溜まる一方でよろしいというものがあるだろうか」と疑問を呈し、「それほど歪んだ発電事業である」とした。
 さらに「昔の人は孫の代が使う木を植えた。今の人は自分が使えるものは使って孫にはゴミだけ残して、こういう生き方そのものが私自身にとって非常に辛い」「廃棄物だけ残していくのはとても倫理的宗教的に問題である」と述べた。
 野田佳彦首相が「私の責任で」と大飯原発再稼働を決めた件にも言及し、「原発で事故が起こったとしてたとえ現職でも引退する以上の責任はない。辞めていれば申し訳ないということでしかない。こんなことで責任を取ったことになるのか」と批判した。
 今回の研究会は同学会が3月から進めてきた「3・11以降の社会と宗教」をテーマにした研究プロジェクトの5回目。本題寺派関係者など百数十人が聴講した。

大変踏み込まれた内容に思えるが、残念ながら現在の新聞では扱ってもらえないことだろう。

 

そして、記念品としていただいたのが、ご門主さまの書かれた「共命」の色紙。

「共命」は、『阿弥陀経』に説かれている「六鳥」のひとつ「共命之鳥」から頂いたお言葉です。体が一つで頭が二つある共命の鳥は、二つある頭のいづれもが、自らが一番と主張しあい争います。遂に、片方に毒を飲ませて亡きものにします。体が一つですので、食べさせた方も死んでしまいました。それから、共命の鳥は「他を滅ぼす道は己を滅ぼす道、他を生かす道こそ己の生かされる道」と泣き続けていると言われます。(色紙説明文より)

大切なのは、気づくこと。

そのことに気づかせていただいた大きなご勝縁。

お天気も崩れることなく、良いご縁に遇わせていただいた。

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2012年9月29日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

筋肉痛

9月26日(水)

お腹が痛い。

食あたりとかでなく、腹筋の筋肉痛で。

 

ただいま小坪地区の報恩講参り。

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2人で回っているのだが、月曜日14件、火曜日13件、今日は9件勤めた。

多いときは9時前から始めて、12時過ぎまでかかるのだが、休めるのはお参りの終わったお宅を出て、隣のお宅のお仏壇に座るまでのわずか1、2分。

その間に持ち歩いているペットボトルの水を口に含む。

 

今年から報恩講参りさせていただいたお宅で、「お茶は飲まれないと聞いたので、これを・・・」と、ドリンク剤をいただいた。

毎年ご縁をいただいている小坪説教所で、「途中でお茶の準備に席を立たれるよりも、お茶のことはおかまいなく、最後までご縁にあっていただけたら・・・」と話したこともある。

そんなこともあってか、お持ち帰りのドリンク剤やスポーツドリンク類をいただくことが多い。

 

「帰命無量寿如来」と始まると、スイッチが入り、一心不乱というよりも、無心。自然と口から流れ出る。

 

お仏壇は、どれ一つまったく一緒というのがないので、それぞれそのお宅の仏さまにごあいさつ。

ただ、さすがに10件過ぎたあたりから、お腹がプルプルと。

お腹が筋肉痛になるということは、お腹から声が出てるということかな。
 

次々と参るため、一軒一軒ゆっくりすることは出来ないが、今日は質問をご用意してくださっていた。

男性の方が式章を付けて参られ、終わった後に、

ちょっとお聞きしてもよろしいですか?

御仏飯に炊き込みごはんをお供えしてもよろしいのでしょうか?

と。

炊き込みごはんに鶏肉などのお肉が入ってるのはどうかと思いますが、豆ごはんとかお供えされてる方もおられますよと答える。

仏さまに私の食べるものを先にお供えする。
「私の、私の」と、ついつい私が先になってしまうけれど、私よりも先に仏さまと思うことで、自然と相手を思う心を育てていただくのではないだろうか。

 

ふとした質問に、ご縁をいただく。

まだまだ報恩講も始まったばかり。
いろんなご縁に遇わせていただきます。

2012年9月26日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

彼岸の中日

9月22日(土)

昨日から、いよいよ報恩講がスタート。

 

暑さ寒さも彼岸まで

今日は秋分の日。彼岸の中日にあたる。

例年9月23日に当たるが、1896年(明治29年)以来、116年ぶりの22日だそう。

少しずつずれが生じてくるので、こうして修正する日が設けられる。

 

これだけは大丈夫と思っていることでも、時間が経ってくるといろいろと誤差が生じてくるもの。それを時には修正しないと、どんどんずれているのに気づかずに・・・。

それは、私たちのこころも同じ。

 

「大丈夫」と思いながらも、気づいたら道を踏み外したりしていないだろうか。

ちょっと立ち止まって、来た道をふり返り、自分のまわりや足もとを見つめてみなさいよ。
そして、自分の行く末(後生の一大事)をしっかりと!

 

お彼岸は、太陽が真西に沈んでいく日。
私たちの向かう西方である。
先達たちが真西の分かるこの日に作ってくれた大切なご縁。

 

少しこころを整理し、ずれているのに気づいたら、軌道修正してみましょう。

 

今夜は、専徳寺仏教壮年会と蒲刈の弘願寺仏教壮年会との交流会が予定されていたが、弘願寺さんに急な予定が入り、中止となった。

ご準備いただいていた役員・会員の皆さま、ご苦労さまでした。

2012年9月22日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

秋季彼岸会 3日目

9月20日(木)

秋季彼岸会も、今日の朝席で御満座。

急にすっかり秋めいて、法座中にモズの声。

 

朝席では、宗教のもつ大切さをいろいろと聞かせていただき、ふと、この言葉を思い出した。

宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である。

これは、アインシュタインの言葉。

ヒトが人間となる。人間として育てていただくには、宗教は大切。

 

ここ数日、ニュースで流れていた映像。

宗教を失ったところでは、ヒトはこんな風になってしまうのか・・・。

ホンの一握りのヒトたちであろうが、そこにいろんなことを学んだ。

 

明日から報恩講参りがいよいよスタート。

しばらくは小坪地区。
少し涼しくなり、朝日、潮風を浴びながら小坪へと通うことに。

季節の変わり目。
互いにからだに気をつけて、一日一日を過ごしましょう。

 

秋季彼岸会、ようこそのお参りでした。

2012年9月20日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

秋季彼岸会 2日目

9月19日(水)

秋季彼岸会2日目。

今日は少し気温も下がり、さわやかな一日。

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お参りに行った白岳地区では、コスモスが咲き、モズの声も聞こえ、夕方には秋の夕暮れ。

暑さ寒さも彼岸まで

 

夜席では、蓮如上人の『蓮如上人御一代記聞書』に出てくる

仏法は無我にて候ふ上には、人に負けて信をとるべきなり。

のお味わいを聞かせていただいたが、その夜席で初めての出来事が・・・。

 

首輪を付けた子猫が庫裏に入っていて、御講師が出るのをお見送り。
その慣れた姿にてっきり寺の猫だと思ったそうだが、こちらも初めて見る姿。

猫を庫裏から廊下へと出し、本堂でお聴聞していると、本堂の網戸越しに「ニャーオ、ニャーオ」と鳴き声が。

飼い主の方がお参りしてると思って探していたのか、ずっとなかをキョロキョロキョロキョロ。

 

あんまり鳴くので仕方なく外へ。

すると、静かになって足もとでチョロチョロと。

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お寺に来てる、しかも飼い猫なので、追い払うことも出来ず・・・。

 

しばらくして落ち着いたと思って、また本堂に戻ると、「ニャーオ」とやってくる。

人差し指を口に当て、「シーッ」とすると静かに座って終わるのを待っていた。

 

どうやら、飼い主の方は本堂にはいなかったが、心当たりの方がおられたので、連絡して迎えに来てもらい、猫騒動も一件落着。

 

今日は『ほとひろ』にも紹介された長浜の銭湯『胡子湯』が最後の日。

お寺にも参りたいけれど・・・やっぱり最後だからと、そちらへ行かれた方もおられると聞く。

長浜で唯一残っていた最後の銭湯が消える。

時代の流れとは言え、“なくなる”と聞くと何だか寂しい気も。

 

明日の朝席で御満座。
お誘いあわせてお参りを。 

2012年9月19日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

秋季彼岸会 1日目

9月18日(火)

今夜から秋のお彼岸法座「秋季彼岸会」。

日中はまだまだ暑いが、夜は秋の虫の声が聞こえてくるなかでのお聴聞。

講師は、阿賀の称名寺 南 秀和 師。

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「易往而無人」のお話から、地獄・極楽の話を聞かせていただく。

地獄は、我欲の世界。
極楽は、相手を思いやる世界。

毎日のようにニュースで見るのは、我欲の世界。

地獄は一定すみかぞかし。 (歎異抄)

極楽にはほど遠い世界(此岸)にいることを実感。
ただ、それに気づき、少し心持ちを変えてみると、世界も少しは変わるかな。

 

世のなか安穏なれ 仏法ひろまれ

ようこそのお参りでした。

2012年9月18日 | カテゴリー : 法座 | 投稿者 : sentoku

平和の鐘

9月18日(火)

本日、東京の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑において、第32回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要が営まれた。

 

この法要は、浄土真宗本願寺派が、悲惨な戦争を再び繰り返してはならないという平和への決意を確認するため、毎年9月18日に修行されている。【参考】本願寺ホームページ

このたびの法要では、法要において「平和宣言」を行い、「平和の鐘」を撞くこととなり、その同時刻に全国の寺院にも撞くよう呼びかけた。

初めての呼びかけに応え、専徳寺の梵鐘も、この時刻にあわせて梵鐘を鳴らした。

 

ただ、いくら力いっぱい撞いたところで、「讃仏偈」の「響流十方」。あらゆる世界に響き渡るほどの大きな音は出ない。

そこで、鐘の音をYouTubeに。

今日、この鐘の音が届かなかったところにも、届いてほしい。

 

今夜から秋季彼岸会。

2012年9月18日 | カテゴリー : 行事 | 投稿者 : sentoku

敬老会

9月17日(月)

今日は敬老の日。

本堂に年に一度の特設舞台が設けられ、長浜自治会・長浜女性会主催の敬老会が開かれる。

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日頃のご苦労をねぎらいながら、楽しいひとときを。

ただ、台風16号。
特に大潮と重なっていただけに心配されたが、それほど大きな影響もなく。

 

「敬老」

「敬」の語源を調べてみると、「苟」は、羊の角に触れないように、はっとして人が体をかがめた姿。

「緊張してつつしむ」ところから、「うやまう」という言葉が生まれているそう。

 

「畏敬の念」という言葉もあるが、そのくらい昔は緊張感のある接し方であったのだろう。

今は少し違った気がする。

何となく緊張感がないような・・・。

親しき仲にも礼儀あり

 

年長者に対して、自然に対して、何に対しても「敬う」こころは大切にしたいもの。 

 

明日は昼から「平和の鐘」。
そして夜から秋季彼岸会の法座。

お誘いあわせてお参りを。

2012年9月17日 | カテゴリー : 長浜 | 投稿者 : sentoku

フレデリック・バック展 ~広島県立美術館

9月15日(土)

午後から長男と一緒に、広島県立美術館に行った。
17日まで開催されている『フレデリック・バック展』を観るために。

夏休みに行ければ良かったのだが、なかなか行く機会が整わず、何とか閉幕前に。

『木を植えた男』

小学校の読み聞かせで読もうかと思ったが、時間内に読み終えるのは難しいので、諦めた絵本。

 

たくさん展示された絵の何とも言えない色が印象的だった。

自然を愛し、動物を愛し、平和を愛したバック氏の絵には、強いメッセージが込められていた。

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夕方、車で帰る途中、雨が突然降り出し、クレアラインで前が見えなくなるほどに。

安全運転で何とか通り抜けたが、ここはどこだろう?と思うほどのスコール。

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環境破壊がこんなところにも現れているのかな?

 

9月18日、東京で第32回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要が営まれる。

このたび、この法要の平和の鐘に合わせ、全国の本願寺派寺院に梵鐘を鳴らすよう依頼があった。

専徳寺でも、午後1時15分より鳴らす予定。

もし君が平和を望むなら、どうかアニメーションで平和を用意してほしい。絆を結び、愛し、理解するために作られるアニメーションで。

今日の『バック展』に展示されていたメッセージカード。

アニメーションは作れないが、当日の鐘は、寺院より発信するメッセージ。

 

平和を願う鐘の音。みんなのこころに届きますように。

2012年9月15日 | カテゴリー : 地域 | 投稿者 : sentoku