5月29日(火)
もうすぐ6月。
卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
童謡『夏は来ぬ』(佐々木信綱作詞)にも出てくるホトトギスの忍音。
今年もつぶ山にホトトギスが帰ってきて、忍音(ホトトギスの初鳴き)が。
昨年よりも遅いが、今年も帰ってきた。
いよいよ夏がやって来る。
TEL.0823-71-7926
〒737-0136 広島県呉市広長浜3-13-21
5月28日(月)
今日から広南小学校にて“読み聞かせ”がはじまる。
毎週月曜日、朝8時10分から10分程度の読み聞かせ。
PTAが担当しているが、この時間はなかなか忙しい時間帯であるため、人手不足。
広南小学校となって、広く声をかけようと、この春募集があった。
日曜日の法務を終えての翌朝。
喉の心配もあるため、最初は躊躇したが、とりあえず1学期のあいだだけでもお手伝いを。ということで申し込んでみた。
そして、今日がその初日。
担当は何といきなり1年生。
これまでどんな風にしていたかも分からない状態で、とりあえずこの絵本を選んだ。
初めての読み聞かせに、私の思いを少しタイトルに込めて。
8時10分、担任の先生は職員朝会のため、ひとりで教室に向かうと、
「誰ですか?」
「新しい先生?」
と次々と質問。
“読み聞かせ”初日で、1年生たちもよく分からない状況。
教室の教壇に立つと、
「トイレに行ってもいいですか?」
「お葬式に来てくれた人ですか?」
と次々とやってくる。
みんなが落ち着いて席についたところで、本を読み始める。
時間の都合もあるため、少しテンポを速く読んでいった。
読み始めると、みんな静かにじっと聞いてくれた。
一人だけこの本を持っているという子がいたが、ほとんどの子は初めて出会う本。
アヒルとガチョウがいろんな競争をするが、勝てないアヒルが「うごいたら負け」競争をしようと言い出す。
何があっても動かず、じっと両者が堪えていると、そこにキツネが・・・。
鍋のなかに入れられそうになっても動かなかったガチョウのために、アヒルはキツネに飛びかかって追い払った。
そして、
あひる:「ね、がちょうさん、“うごいたら まけ”きょうそうは あなたの かちだと おもうわ。」
がちょう:「だけどね、あひるさん。ほんとに ほんとのチャンピオンは、きみじゃないかとおもうんだ。」
こんなやりとりがあったが、読み終わった後、
「どっちが本当のチャンピオンだと思う?」
と質問してみると、首をかしげて間を置いて、
「両方!」
と、答えが返ってきた。
少し読む速度が速かった?、ちょっと話の長い絵本だった?と思ったが、みんな絵本のように最後まで身動きひとつせず聞いていた。
『うごいちゃ だめ!』
初めての読み聞かせとしては良かったかな。
来週は2年生。
5月24日(木)
今夜は阿賀の称名寺にて我聞会(若手僧侶の勉強会)の例会。
先月は所用と重なり出席できず、久々の『蓮如上人御一代記聞書』。
今日は(123)(124)の2条を輪読。
(123)すすんで聖教を求め、持っている人の子孫には、仏法に深く帰依する人が出てくるものである。―現代語訳より―
あらかじめ大切な本があるのと、ないのとでは、出発点が違う。
今、いろんな絵本を買い求めているが、息子が時々こそっと読んでいるらしく、感想を聞かせてくれる。
これもひとつのご縁である。
そして、法話では、寺川幽芳氏の法話より『大悲ものうきことなくて』という話を聞かせていただいた。
ある雨の日に飛行機に乗ったときのこと。
離陸前に何気なく窓の外を見ると、すぐ下に整列して手を振ってくれている人たちの姿を見つけた。
それは、それまで忙しく整備をしていた人たちが、ゆっくりと動き出した機体を見上げながら、大きく手を振って見送る姿だった。
その姿は、機内のスクリーンに映し出されることもなく、それまで一度も目にしたことがなかったが、自分の知らないところで、こうして旅の安全を願って見送ってくれている方がいたことに初めて気づかされた。
自分の気づかないところで願われている。
煩悩にまなこさえられて 摂取の光明みざれども
大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり (高僧和讃)
今日も良いご縁をいただいた。
5月22日(火)
夕方、広島ホームテレビの『Jステーション』(16:50~18:56)で、「イマドキのお坊さん“僧職男子”」という特集が放送された。
また、先日の土曜日には、広島テレビ『ウェークアップ!+』のなかで、「今なぜ“坊主ブーム”!?」という特集が。
『美坊主図鑑』という本まで出版され、にわかに若手の僧侶が注目されているそう。
実は、先日の総代会で総代さんから『ウェークアップ!+』を見た話を初めて聞いて、後からビデオでチェック。
最近は後から聞かされる情報も多々あるため、タイムシフト再生の出来るビデオが大活躍。
今日の『Jステーション』の放送のなかでは、広島青年僧侶春秋会の活動が紹介され、特にショットバーでの『オアシス法話』が中心に。
そのオアシス法話で法話をしていたのは、何と阿賀の西光寺住職。
いろいろと好意的に注目されるのは良いのだが、これがただのブームとならないよう、このご縁を大切に。
5月21日(月)
今日は親鸞聖人の誕生日『降誕会(ごうたんえ)』。
旧暦の4月1日に当たるこの日。
朝から日食が見られると、昨日の運動会の代休にもかかわらず、長男は6時からさっさと起きて空とテレビのにらめっこ。
ただ、朝から曇り空。
一番欠ける7時30分近くになって、ようやくつぶ山の上、雲のなかから太陽が姿を現す。
呉市での最大食分は0.922。
金環日食とまではいかないが、ほぼ隠れた状態に。
光の色がすーっと変わり、冷やっとした風が吹いてくる。
2009年の夏に見た日食用のグラスで天体ショーを楽しむ。
その後は、徐々に雲がなくなって、きれいに見えた。
1183年、源平合戦の最中に金環日食が起こり、源氏は日食を知らずに混乱して敗走。平家はあらかじめ日食が起こることを知っていて、勢力を盛り返し、源氏に勝ったのだそう。(水島の合戦)
そして、その10年前の1173年。
親鸞聖人が誕生された年。
その年にも、何と関東地方で金環日食が。
貴族社会から武家社会へと移りゆく混乱した12世紀は、金環日食が日本各地で何度も見られたそう。
《参考》日食ナビ
当時は今のように情報のない時代。
そんななか、『方丈記』にも登場する安元の大火(1177),治承の辻風(竜巻)(1180),養和の大飢饉(1181),元暦の大地震(1185)などなど、相次ぐ天変地異。
そこに源平合戦も加わって、人々は混乱したことだろう。
それを思うと、情報のある今を生きている私たちは、何とも幸せなこと。
でも、その情報が時として混乱させる。
今日は、親鸞聖人の誕生日。
呉東組親鸞聖人鑽仰会により、この地域の各家庭に、新聞の折り込み広告と一緒にこの合掌チラシが配られた。
5月20日(日)
今夜7時より、総代会。
議題は、来月開かれる門信徒会世話係総会に向けて。
総会は、6月18日(月)午前10時からに決定。
また、総代さん、世話係さんにはいろいろとお世話になります。
9時に運動会に行って長男出場の80メートル走をビデオに収め、それから法事4件済ませて、再び運動会。
そして、夜は総代会。
この一週間、次男が風邪をひき、咳が続くため、せっかく慣れてきた幼稚園を休む。
ようやく治ってきたかと思った頃に、今度は親が・・・。
喉に痛みがないから良いが、大変聞き苦しい声で読経するのが心苦しい。
病は気から。
運動会の子どもたちの元気をもらって。
明日は親鸞聖人の誕生日。
そして、日食。
残念ながら、このあたりは金環日食とはならないが、晴れたらいいな。
5月19日(土)
青天のもと、午前10時より専徳寺本堂にて初参式。
9名のお子さんと、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。
一緒に初参式のご縁に遇う。
「らいはいのうた」のおつとめをした後、専徳寺住職が『初参式についての御消息』を拝読。
続いて、住蓮寺住職のご法話。
ぺんぎんの子が生まれた
父さんと母さん
それぞれのおじいさんとおばあさん
さらにはひいじいさんとひいばあさん と
ほんの二五代さかのぼっただけで
この子の両親を始めとする先祖の総計は
六七一〇万八千八百六二羽になる
そのうちのどの一羽が欠けても
この子はこの世に
現れなかったぺんぎんの子が生まれた
ひとりひとり、尊いいのちを授かった。
そして、そのいのちはつながりあっている。
今はお互い知らない子たちも、みんなみんなつながっている。
そのいのち、そのつながりをたいせつに。
5月18日(金)
明日は専徳寺にて初参式。
初参式(しょさんしき)とは、生まれたお子さんが初めてお寺にお参りするご縁。
この長浜では、専徳寺と住蓮寺が交互に初参式を行っていて、以前は親鸞聖人の降誕会(誕生日)5月21日にしていたのを、数年前より5月21日に近い土曜日開催ということに。
明日は9名のお子さんとご家族がお参りの予定。
せっかくお参りに来られるのだから、良いご縁をいただいていただければ。
そう思って、このたびは来られた方へほんの気持ち。
中を開くと、式次第、そして式のなかで拝読する消息 (ご門主さまの手紙)。
これまで消息はただ拝読するだけだったが、ゆっくりとまた読んでいただきたい。
そして、裏表紙には、
実はこの詩、住職継職法要の際、挨拶のなかで使わせていただいた詩で、もともとは、
『ワンダフルライフ 地球の詩』という絵本に出てくる川崎洋氏の詩から。
明日は、ご家族揃ってお参りを。
5月13日(日)
今日は府中市の明浄寺で本堂改修 客殿建立 完成慶讃法要。
明浄寺とは、先々代住職 義淳の母が明浄寺から。そして、義淳の姉 敏子が明浄寺へという間柄。
このたび列衆(内陣余間でお参り)として出勤し、法要は宗祖讃仰作法の音楽法要。
ただ、今日の法要で、列衆は外陣に下りて、参拝者のまわりを散華しながら行道。
しかも、散華は本願寺の法要のように1枚ずつヒラリと華葩を撒くのではなく、10枚から20枚の華葩を一度に天高く撒く。
それはそれは遠目に見たら凄いことなのかも知れないが、撒いてる本人は客観的に見れないため、どんな風に行われていたのか分からない。
法要の後、式典が開かれ、工事に携わったいろいろな業者の方へ表彰。
そして、祝宴が。
境内にテーブルが並べられ、ご門徒の方々が食事をされるなか、本堂を舞台に見立て、まずは住職が舞楽の披露。
そして、地元の和太鼓ユニット『我龍』による太鼓パフォーマンス。
そして坊守さんも参加してハンドベルの披露。
衣食住の三は念仏の助業なり。
を引用された。
何もかも念仏の助け。
ご縁である。
今日は、いろんなかたちでその尊いご縁をいただいた。
なもあみだぶつ