4月9日(土)
今朝、住蓮寺にて長浜日曜学校の入校式と花まつりが開かれた。
新しいほとけの子が5名加わって、新年度開校。
入校式の挨拶で、大震災後、毎日のようにテレビで流れていた金子みすゞさんの「こだまでしょうか」の詩を紹介。
子どもたちの口からもすらすら出てくる。
この詩を書いた金子みすゞさんも日曜学校でほとけの子として学んだ。
ほとけさまのこころを描いた詩もたくさんある。
さびしいとき
わたしがさびしいときに、
よその人は知らないの。わたしがさびしいときに
お友だちはわらうの。わたしがさびしいときに、
お母さんはやさしいの。わたしがさびしいときに、
ほとけさまはさびしいの。
この詩はほとけさまのこころをよく表しているように思う。
お母さんはやさしいの。
お母さんはさびしいとき、励まし、がんばれ!って応援してくれるのだろう。
でも、その後の「ほとけさまはさびしいの」を読むと、ふと亡くなった祖母の言葉を思い出す。
入院先の病院に見舞いに来てくださった方が、「がんばってください」と言って帰って行く。
その後、病室を訪ねると、「これまでがんばってきたのに、これ以上何をがんばったらいいのか」とつぶやいた。
やさしい言葉がさびしいこころに届かないこともある。
それに対してほとけさまはいつも同じこころで包みとってくれる。
小慈小悲もなき身にて
有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずば
苦海をいかでか渡るべき
『愚禿悲歎述懐和讃』
ほとけさまのこころと同じこころを持つことは出来ないが、ほとけさまのこころに触れたら、少し心持ちが変わるのではないだろうか。
「がんばって」ではなく、「ともにがんばろう」
ほとけの子に、相手を思いやるこころが育ちますように[E:confident]
その後、誕生仏に甘茶をかけ、甘茶をいただいて花まつりを祝う。
青空がひろがり、花も満開。
桜前線も一気に北上していくだろう。
桜前線
小学生に向けて文部科学省からメッセージが送られ、昨日息子も小学校でもらってきた。
そこにこの桜前線を命のリレー、そしてそれになぞらえて思いやりのバトンを被災地に届けてほしいと記されている。
かがやけ!ほとけの子。